「北条領と成った西原・棡原の一部と松姫の逃亡路」

本日、上野原郷土研究会の歴史文化講演会を拝聴。
参加者は100名を超えレジメ、椅子が足りずスタッフの嬉しい悲鳴が漏れていた。
講師の方は、予想以上の参加者を前にして約2時間に渡るお話しをしていただき、お蔭で上野原の知識を深めることが出来ました。
内容は、天正の頃、武田家の力が衰えた時、北条の勢力が西原等へ浸透し徳川家と和睦した時、北条側は撤退したが、一部武将たちが当地に土着して小田原の苗字の家が現在でも確認出来るとのお話しであった。
この西原の地に武田信玄公の松姫(四女または六女との説もあり)が、塩山の向嶽寺を発ち石丸峠-松姫峠-佐野峠から入り休養し後、秋川を通り、金照庵に至った道が逃亡路であるとの講師の説であった。
また、機会があれば拝聴したく思っております。
お疲れ様でした。  2018.6.2 かずくん

イメージ 1